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2006年09月22日
ありがとう竹さん
夜明け前

『夜明けの来ない朝はない』
どんなに暗く深い闇夜でも、時が経てば明るい陽が顔を出す。
どんなに絶望の淵に立ってたとしても、希望の光は見える。
その昔、友人が俺を励ましてくれた言葉です。
Kさん。。
富美男企画 吉原です。
複雑な心境の皆々様。
書くべきか、書くまいかと自分の中で葛藤がありましたが、
でも逃げてはいけない、
現実は見つめなくてはいけないんだな。。
その事を
その存在を忘れない為にも、、、
あまりにも早過ぎたであろう出来事。。。
多くの悲しみを乗り越える為にも
今日は私的にこの場所を使わさせていただきます。
(不適切であればご指摘下さい。自ら削除いたします)
梅沢富美男のバックバンド『ザ・トミーズ』
ステージより富美男氏の背中をずっと見続け、そして力強いリズムを刻み続けてきたドラマー竹田尚司氏
世の中にドラマーは数多くいれども、
『夢芝居のイントロドラムはお前しか叩けないよ!』と富美男氏に絶賛されていた竹さん。
9月22日(金)15:20 竹田 尚司(享年43歳)永眠
沖縄で聞いた突然の訃報に関係者はただ言葉がありませんでした。
未だにその報を信じたくない気持ちでいっぱいです。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。
竹さん
天国へ行ってもメンバーを集めて大好きな音楽を続けて下さい。
そして食べる事と呑むのが好きでしたね。。。
もう我慢しなくてもよくなりましたね。。
これからは第二の人生を思う存分エンジョイして下さい♪
おつかれさまでした!
投稿者 K.Yoshihara : 2006年09月22日 15:20
コメント
いいお天気で、美しい青空です。
生きていれば、空を見上げて笑顔になる事も出来るのにーと亡くなった方の無念を思いますが
あの世は美しい水が満ちた世界で、何一つ思い悩むことが無い清澄だと、御住職が言われた言葉を信じていますー御冥福をお祈りいたします。
投稿者 かすみ : 2006年09月24日 13:16
とにかく絶句と言うしかありません。竹ちゃんはにつもにこやかで私達ファンにも気楽に話してくれて。病気の事は聞いていましたが突然でびっくりしました。最後に竹ちゃんと会ったのは東金の時。帰りに同じ電車になり東金から私の自宅のある駅まで一緒に帰りました。凄く悔いが残るのはその時一人で食事して帰ると竹ちゃんが言ったけれど一瞬一緒にと思ったけど時間も遅かったので聞き流してしまいました。あの時一緒に食事していればと。竹ちゃんのドラム好きでした。副座長のドラマーは竹ちゃんしかいないと話したこともありました。
竹ちゃん天国でも素敵なドラマーでいてくださいね。
ご冥福お祈りいたします。
投稿者 つぐみ : 2006年09月25日 20:03
沖縄での前川(清)さんとのジョイコン前日、
富美男さんのバックバンドTHE TOMMYSのドラマー竹田さんの訃報に驚きました。
富美男さん曰く「『夢芝居』のイントロドラムはお前しか叩かないよ」と絶賛されていたこともありました。
謹んでご冥福を申し上げます。
PS THE TOMMYSの皆さんへ
新しいドラマーの方の加入後も、
富美男さんのバック演奏を続けてくださいね!
投稿者 ゆほこむ : 2006年09月25日 23:29
竹田尚司君は幼い頃からの僕の友人で中学時代から一緒にバンドを始め、高校卒業と共に僕と一緒にプロを目指して上京しました。その後竹田君は第一線のプロのドラマーとして活躍してきました。竹田君はみんなから愛される素晴らしい友人であり、超一流のミュージシャンであり、かけがえの無い存在でした。いつまでもいつまでも忘れません!
投稿者 浩二 : 2006年09月28日 11:25
竹とは高校の時からの友人です。上のコメントの浩二君と3人で上京してそれぞれプロの仕事につきました。彼はあの猪俣さんの弟子で久保哲也氏(ドラマー)の一番弟子でした。愛媛での高校時代は久保さんにレッスンを受けていました。実は高校1年生の始め竹の家を訪れました。ドラム聞いて余り良くなかったのでまた今度。他のメンバーでやっていたオイルも1年後に偶然ライブで再会。竹のドラムを聞いた瞬間「一緒にバンドやらない?」と聞くと快く参加してくれたのがプロになるきっかけのオイルでした。
当時はハードロックバンドでしたが、竹の音は安心して演奏が出来る。コンテスト荒らしが出来たのも竹のお陰でした。プロになっても一緒に仕事が出来て嬉しかった。
コナミミュージックエンタテインメント PlayStation2等用「実況パワフルプロ野球9」オープニング・エンディングテーマ曲はマリブで音楽を担当しましたが竹田がドラムを叩いています。有名なソフトなので機会がございましたら聞いて頂ければ幸いです。何でも叩ける良いドラマーでした。
投稿者 宮田 : 2006年09月28日 14:40
初めて投稿させていただきます。
どうしても書きたくてまとまらない頭で参加させていただきます。
今年春に竹田と結婚を予定していた者です。
皆様に大切に大切していただき、副座長のことが大好きで大好きで、最期までトミーズ復帰を願って闘病しておりました。
彼の鞄と携帯には富美男さんのストラップ。
オフの私服は富美男さんのTシャツ。(たまにパジャマでお借りしました☆ごめんなさい)
特別なデートの時に、「富美男さんからいただいたお下がり!」と大はしゃぎでスーツを着てきた事ありました。
明日のお式にはドラムセットとともに、トミーズの衣装も飾ります。Yシャツは、大事にしていた富美男さんからお下がりのドレスシャツ。
最期の日、昏睡状態になり、三途の川を渡らないようにさせるために、耳元で名前を呼び続けました。準備しておいた富美男さんから彼への誕生日メッセージを吹き込んでいただいたCDを耳元で大音量で流しました。最初の「タケ!」という呼びかけに反射的に「はいっ!」と声を上げたのですよ。昏睡状態でも、副座長の声にちゃんと反応したのですよ。
まだまだ書ききれないくらい、どれだけ彼が梅沢劇団の仕事を愛していたか、エピソードがあります。
最後まで「ここはお前の職場だ。いつでも帰って来い」と、彼のドラムの席を守ってくださった皆様。沢山ご迷惑おかけしたにもかかわらず、皆様のサポートがあったからこそ、安心して闘病に打ち込むことができたこと、深くお礼申し上げます。
明日・あさって、うんと愛情深く「人生の卒業式」で送ってきます!ありがとうございました!
投稿者 池の本和美 : 2006年09月29日 21:57
