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2007年02月14日
人の命のために出来る事。。。ですかぁ。。
これは難しいですね。。
考えようによっては先に行くのはある意味楽なのかも知れない。
しかしその間の相手への想いは複雑。
では残された者の気持ち。
これもまた複雑。
故に実体験の無い俺には結論は出ない、、いや出せないし出したくないのかも。。
パートナーから冗談でも『死』という言葉を発される事を俺は嫌います。
それはいつか来るかも知れないその現実を恐れるあまりか逃避しているのかもしれない。
しかし相手の事を想うのなら俺は迷わず後者を選びます。
昨年の夏に父が脳梗塞で倒れました。
誕生日に送ったE-mailに珍しく返信が来なくて
『なんだよー』と怒っていた俺の至極身近な存在に初めて近づいた恐怖の一文字。
事情あって一人暮らしをしていた親父は倒れてから発見されるまで3日間を要しました。
脳の病気は倒れてからの時間と迅速な処置が勝負。
『お父さんが倒れたの』
焦るあまりに上ずった声の母親からこの知らせを聞いた時。
発見されるまでの時間を既に知らされていたので
新潟まで車を走らせる車中で俺は覚悟を決めていました。
社長である富美男氏の計らいにより入社以来初ともいえる程の長期休暇を頂いた私は
『一度向かったらしばらくは戻れない。。かも知れない』
そう思った俺が手にしたものは...まさか自分の親の為に着るとは思ってもみなかった喪服。
(勿論これに袖を通すつもりはありませんでしたが・・・)
生涯であれほど1分1秒という時間が惜しく感じた事はありませんでした。
しかし、72時間以上経っていたにも関わらず幸いにも父親は生きていました。
主治医さんにも
『長男さんですね?お父さんは強運の持ち主ですよ』と言われました。
仕事ばかりの人生で親にろくな孝行をした覚えがなかった俺は今日という日があった事を拝んだ事も無い神様に感謝しました。
それもこれもご両親との死別に立ち会えなかった氏の苦い経験からの叱咤があったからです。
この日を境に考え方が180°変わりました。
死が訪れるとき。
もしそれが定であるのなら神様は何て残酷な方なのだと恨み、
そして従わなくてはならないのですね。。。
『でも私はまだ生きている』
そうです。
あなたはまだ生きている。
認めたくない現実と闘いながら、、
強いです。
父も現在は半身麻痺で車椅子の生活ですが、今を生きようとしています。
事実、自殺をも考えたと話す父も今はその考えを払拭して一生懸命生きようと努力しています。
『またこの2本の足で地に立ってやるんだ!』
強いです。
正直、俺には出来ないかもしれません。
でもあなたには胸にしまったたくさんの思い出がある。
それを伝える術がある。
表現する歌がある。
その意志に共鳴する仲間がいる。
歌い続ける事が彼への何よりの言葉になるのではないでしょうか?
俺のパソコンは今でも竹田と打つと尚司と続きます。
竹田 尚司という最高のドラマーの存在を知っている人にも知らない人へも
是非、聴かせてあげて下さい。
天まで届くほどのソウルを...人のために出来る事。
忘れる事が出来ないのだから忘れる必要なんてないのでしょう。
だったらこの先もす〜っとずっと想い続けて、
そして彼の為に今、出来る事をして差し上げたら宜しいのではないでしょうか?
1日も早く夜明けがくることを
切に願います。
思うがままに勝手放題に書いてしまいました。
でも、どうしてか今、この瞬間に何かを伝えたくなってあえてこの場所で筆を執った次第です。
どうか許して下さい。
投稿者 K.Yoshihara : 2007年02月14日 03:11
コメント
お父様、ご自分の足で、海やお好きな所に自由にいけるようになるといいですね~
明日、新潟に行ってきますー
私はファザコンか?の父、尊敬する姉、暖かかった夫等の死後何年も経つと選りすぐったように、優しかった笑顔だけが記憶に残るこの頃です。
時間の過ぎることだけが救いでした。
竹田さまのご遺族の方も、明日・明後日と想い出を暖めながら暗い夜が明けるといいなーと差し出がましいコメントを書いた次第です。
投稿者 かすみ : 2007年02月16日 07:12
吉原さん
ただ、ただ、感謝で胸が破けそうです。
何はともあれ、一言お礼申し上げたくて投稿させていただきました。
またひとつの「きっかけ」をいただきました。
自分の中で、何か浄化されていくのを感じます。
ありがとうございました。
お父様、お大事に。。。
投稿者 和美 : 2008年03月05日 00:20
